みことばサプリ

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実際には全くの愚か者

彼らは、確かに神を知っているのです。

 

けれども、そのことを認めず、神を礼拝せず、日々神に守られていることを感謝しようともしません。

 

やがて彼らは、神がどのようなお方か、また自分たちに何を求めておられるかについて、愚かなことを考えるようになりました。

 

その結果、彼らの心はくもり、訳がわからなくなったのです。

 

「神なんか信じなくてもいい、自分は賢いのだ」と主張しながら、実際には、全くの愚か者になってしまいました。

 

ローマ1:21-22

 

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福音は神の力ある手段です

私は、この福音を少しも恥じてはいません。

 

福音は、それを信じる人をだれでも天国に導く、神の力ある手段です。

 

福音は最初、ユダヤ人だけに伝えられていました。

 

しかし今では、すべての国の人が同じ方法で神のもとに招かれているのです。

 

この福音は、私たちがキリストを信じる時、神が私たちを天国に入るにふさわしい者、すなわち、神の目から見て正しい者としてくださることを教えています。

 

それは、初めから終わりまで、信仰によって達成されるのです。

 

「正しい人は信仰によって生きる」(ハバクク2・4)と、聖書に書いてあるとおりです。

 

ローマ1:16-17

 

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聖霊は救いの確かな証印

聖霊を悲しませるような生き方をしてはいけません。

 

この聖霊は、罪からの救いが完成する日のために、救いの確かな証印を押してくださる方であることを忘れてはなりません。

 

無慈悲、憤り、怒りなどを捨てなさい。

 

とげのあることばやえこひいきをなくしなさい。

 

むしろ、互いに親切にし、心のやさしい人になりなさい。

 

そして、神がキリストにあってあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。



エペソ4:30-32

 

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互いの間での態度

キリストの死を無にはしません

というのは、いくら律法に従おうと努力しても――それは失敗以外にないのです――神の恵みは決して受けられないことがわかったからです。

 

キリストを信じて初めて、神に受け入れられることがはっきりわかったのです。

 

私はキリストと共に十字架につけられました。

 

もはや、私自身が生きているのではありません。

 

キリストが、私のうちに生きておられるのです。

 

私のためにご自身をささげてくださった神の御子を信じた結果、今、私のうちにはほんとうのいのちが与えられています。

 

私は、キリストの死を無にはしません。

 

もし私たちが、律法を守ることによって救われるなら、キリストが死ぬ必要などなかったはずですから。



ガラテヤ2:19-21

 

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モーセのとりなし

近寄って聞きなさい

近寄って聞きなさい。

 

私はこれまでいつも、どんなことが起こるかをはっきり知らせてきました。

 

あなたが十分に理解するためでした。

 

今度も、神である主とその御霊が告げたことばを伝えます。

 

あなたを救うイスラエルの聖なる神は、こう言います。

 

「わたしはあなたの神、主である。

 

わたしは、あなたのためを思って罰し、進むべき道に導く。

 

ああ、あなたが、わたしの教えに従ってくれさえしたら、平安は川のように流れ、正義は大波のように打ち寄せるであろうに。

 

あなたは浜辺の砂のように、数えられないほど多くなり、滅亡することもないであろうに。」

 

今からでも遅くはありません。

 

あなたを奴隷としていた者の手から逃げなさい。



イザヤ書48:16-20

 

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神の栄光のために

ああ、なんとすばらしい神を、私たちは信じていることでしょう。

 

その知恵と知識と富は、なんと豊かなことでしょう。

 

神のなされる方法を理解することなど、とうていできません。

 

いったいだれが、主のお心を知ることができますか。

 

だれが、主のご計画の相談に加わるほどの知識を持っていますか。

 

また、いったいだれが、主から報いがいただけるほど十分に主にささげましたか。

 

というのは、すべてのものは神から出て、神に生かされ、神の栄光のために存在しているからです。

 

どうか、この神に栄光がとこしえにありますように。



ローマ11:33-36

 

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神である主を喜ぶこと

律法がどのように命じているかを理解すると、人々はみな泣きだしました。

 

それで、エズラをはじめ、総督の私や補佐役のレビ人たちは、こう言い聞かせました。

 

「このような日に泣いてはならない。

 

きょうは神である主の聖なる日ではないか。

 

ごちそうを食べてお祝いし、貧しい人には施しをする日なのだ。

 

神である主を喜ぶことこそ、あなたがたの力なのだ。

 

しょんぼりと悲しそうにしていてはいけない。」



ネヘミヤ記8:9-10

 

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